旅行者の憂鬱

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良い悪いや是非は別として、疑い深いことは旅行者にとって最も重要な資質の一つであるように思える。

日本と違い、海外には数々の罠が潜んでおり、一見いい人のように見えても羊の毛皮を被った狼であることは決して少なくない。大体旅行者が海外で遭遇し、関わり合いになるような人種の多くは旅行関係の仕事に従事していたり、旅行者を相手に日々の糧を得ているような輩が多い。そのような輩の大半はいかにしてあほな旅行者から金を巻き上げるかしか考えていないから、最初親身になって信頼を得て、最後に一気に高額の商品を買わせたり、ツアーを組ませたり、不当に金品を要求してきたりするものである。

旅行経験が増せば増すほど、そのような輩に遭遇する経験も増していく。そのことは彼らから被害に遭わないためのノウハウの蓄積を意味するが、そのノウハウの最たる例が疑い深さ、なのである。

こいつは本当に良いやつなのか?何か裏があるのではないか?安心させて油断したところで金品を要求してくるのではないか?どこかで睡眠薬を盛られるのではないか?

折角親切心で色々世話を見てくれている人に対しても、頭の片隅でそのようなことをどうしても考えてしまう。

何度でも繰り返すが、この疑い深さは非常に重要で大切なものだ。

海外で巻き込まれるトラブルは些細なものから、旅行を継続することが非常に困難になってしまうほど深刻なものまで多岐に渡るが、疑い深さを持ち合わせていさえすれば、致命的なトラブルに巻き込まれることをかなりの確率で回避することが出来る。

一方で、彼らの優しさがなんの打算もない純粋なものであったと判明した時、自分の心の狭さにガッカリさせられるというのもまた一つの事実である。

私は2015年の10月にアゼルバイジャンの飛び地、ナヒチェバン自治共和国を訪れた。ただでさえアゼルバイジャンは日本人ならびに旅行者にとって馴染みのない国であり、そのまたさらに飛び地でマイナーなナヒチェバン自治共和国の情報なんて殆どない。幸い私の友人に1人、2年前にここを訪れていた人がいたため、その人のブログを読み、疑問点などについて事前にある程度解消することができた。

だが、百聞は一見に如かず。事前にイメージしているものと現実との間に乖離があることは常である。

事前に目星を付けていたホテルに無事予算内で落ち着くことが出来た私は、両替しなければいけないことに気が付いた。ホテルのフロントでどこで両替できるか尋ねてみるも、彼は英語を解さなかった。恐らくロシア語なら通じたのかもしれないが、私はアゼル語は勿論のことロシア語も対して話せない。困っていたところ英語が話せる青年が案内してくれるという。行き方を教えてくれるだけでなく、両替屋まで案内してくれると聞いて、私がまず考えたことは、感謝の気持ちではなくて、こいつに付いて行って本当に大丈夫なのだろうか?とういことだった。

警戒しつつも、一緒に両替屋まで歩く。連れて行ってもらった両替屋で$100ドルを両替し、当座の資金を確保する。その後彼は町中を色々案内してくれた。ぽつり、ぽつりと言葉を交わすうちに、一緒にビールを飲もうと行ってくる。

イランで1か月もの間ビールを飲むことが出来なかった私は、ビールに飢えていた。だがしかし、ここで私の頭をかすめたことは、飲み代を請求されるのではないか、とか、ぼったくられるのではないか、とか、睡眠薬を盛られるのではないか、ということだった。

ホテルに戻り、併設されているレストランへ入る。ホテルを出る前にここのホテルのビールの値段は聞いていたのである程度安心だ。また町中を歩きながらビールの値段の相場も聞いていた。1杯、もしくは1本1.2アゼルバイジャンマナト(注:$1=1.05AZN)。これは事前にホテルで聞いていた値段と合致する。ここで飲む上ではまあ問題ないだろう。気を付けるべきは、ビール代をたかられるくらいか。まあ町中案内してもらったし何杯分かは奢ってもいいだろう。そんなことを考えながら杯を重ねる。彼もなかなかの飲み手で1杯、2杯と杯はどんどん開けられていく。最終的に私が5杯、彼が4杯飲み、それ以外にチーズや豆などのつまみと合わせて12マナト位の勘定になった。ざっくり半分払えばいいか、そう思って手持ちの金に手を付けると、彼は飲み代は自分が払うからいい、と言い出す。そうは言っても決して安い金ではないし、いくらか払うよ、いや、君はゲストだから払わないでいい。そんなやりとりを何度か繰り返し結局全額彼が払ってくれた。

奢ってもらう、ということはアジアを旅していると珍しい話ではない。イランでもあった。彼らは自分の街に来てくれた旅行者を全力でもてなしてくれる。2020年のオリンピック招致にあたって「おもてなし」という言葉が非常に流行ったが、翻って考えるに日本人は果たしてそこまで「おもてなし」の心を持ったホスピタリティ溢れる民族であるか甚だ疑問である。

彼は続けて言う、明日休みが取れたら君を車で色々連れて行ってあげるよ。ただし、ガソリン代は出してくれ。10マナトくらいだ、と。

ここでも私の疑い深さは抜かりない。ほうほう、ガソリン代を不当に請求しようという魂胆か。イランほどではないにせよアゼルバイジャンは資源が豊富な国。ガソリンの値段なんてたかが知れているだろう。それで1,000円以上もかかるもんか。そんなことを思い、彼の提案は反故にしてなるべく公共交通機関で移動しようと心に決めながら眠りについたものだった。

翌日ホテルで朝食を取りバスターミナルへ行く。バスターミナルへ行くと言っても泊まっているホテルはバスターミナルに併設されている為、徒歩3分もかからない。その日はカラバグアという街に古い廟を見に行く予定だった。色々な人に聞きながらカラバグア方面に行くマルシュルートカと呼ばれる乗り合いミニバンを探す。マルシュルートカ自体はすぐに見つかったが、運転手も乗客も一人も見当たらない。旧ソビエト連邦構成国によくみられるこの乗り物は時間がくれば発車するものもあるが大抵は満員になったら出発する。この様子だと何時間待てば人が集まるのか皆目見当がつかない。

途方に暮れかけていたところ、昨日の彼に出くわした。彼は言う、探したよ。さあ行こう、と。疑い深い私であったが、マルシュルートカはいつ出発するかわからないし、宿代の高いナヒチェバンに長居はしたくなかったので10マナトは決して安くはないがそれで行こうという気になっていた。マルシュルートカで行っても片道2マナト位するし、前日のビールやつまみ代全額奢ってもらったことを考慮すると決して高い金額ではない。

途中ガソリンスタンドによって給油する。抜け目がない私はアゼルバイジャンでのガソリンの値段をチェックする。ディーゼルで0.60マナト。高い種類のガソリンでも1.2マナトといったところか。

車は順調に道路を進んでいく。ナヒチェバンの道路は驚くことに非常に綺麗に整備されている。こんなコーカサスの辺境の地でこれだけ綺麗な道路が遠くまで続いているというのは非常に不思議な感覚だ。30分強で目的地カラバグアに到着する。廟を見て帰路につく。私はただカラバグアの廟だけ見られればそれで満足だったが、途中で気を聞かせて岩塩坑にも連れて行ってくれた。ナヒチェバンにそんなところがあるなんて知らなかったからありがたかった。

市内に戻って昼食を摂るという。アゼルバイジャンは物価が高いので正直昼食は要らなかった。そのつもりでホテルの朝食も沢山食べていた。ここでも彼は言う。君はゲストだから食事代は全部僕がおごるよ。心配しないで食べてくれ。初めて食べるちゃんとしたアゼルバイジャン料理はトルコ料理に非常に近く、美味しかった。アゼル語はトゥルク系で、料理もトルコに近いのか。そんなことを考えながら料理を食べる。会計の時になって自分の分は払おうとしたがやっぱり払わせてくれなかった。

そのまま車で市内の見どころを一つ一つ案内してくれる。その中で、昨日アゼルバイジャン産のワインの話をしたことを思い出したのだろう、ワインはいるか?と聞いてきた。現地の酒を色々試してみることは趣味の一つ、というよりも今回の旅行の大きな楽しみの一つであったので、もとより自分で買うつもりでいる、と伝えたら。いいよいいよ奢るよ、と言う。

昨日のビール、今日の昼食だけでなく、ワインまで奢ってくれるというのか。ここまで色々してもらうと見返りに何か要求されるのではないか、という思いがどうしても強くなっていく。全部でざっと20マナト位になるのではないか。私にとっては大金だ。気持ちはありがたいがそれは困るなあ……。そんなことを考えてここでも自分で払おうとしたが決してお金を受け取って貰えなかった。

一通り観光を終え、別れるときガソリン代について言及されるのではないかと思っていたがガソリン代についても何も言われなかった。

その翌日はオルドバードという東部の街を訪問した。昨日の彼は休みが取れたら連れて行ってあげるよと言っていたが、休めなかったようでオルドバード行のマルシュルートカを教えてくれた。オルドバードから帰ってきて部屋で少し休んでいると、ドアをノックされた。君は明日ナヒチェバンを去るから少しご飯でも食べよう、と誘ってくれた。ナヒチェバンで安くて美味しい料理をどこに行けば食べられるのかと逡巡していた私はその誘いを快諾した。ホテルのレストランでアゼルバイジャン料理のドルマを食べながらビールを飲む。

ふと彼が、「ここにくる旅行者は少ないから知り合いのジャーナリストが会いたがっている。彼はナヒチェバンの観光を促進したがっていて君の話が聞きたいそうなんだけど、彼を呼んでもいいかな?」と言う。

ほほう。最後の最後に仲間と協力して詐欺の一つでも企てようとでもいうのか、そんなことが頭をよぎった。でもここは泊まっているホテル併設のレストランだし、完全に気を許すことなく注意を払っていれば切り抜けられるだろう。そんなことを考えながら彼の提案を受けた。

暫くして彼の友人というジャーナリストが姿を現す。ナヒチェバンの状況や、観光について、どうしたら旅行者が増えると思うか、などの話をした後彼は颯爽と帰っていった。30分も居なかったのではないか。

私は安心するとともに自己嫌悪に陥った。

要するに、彼は心からの親切心で私を色々なところに連れて行ってくれ、そして色々ご馳走してくれたのだ。

最終的に親切心だったと判明するとホッとするとともに、自分の心の狭さにうんざりする。だが、自分の身を守るためには猜疑心は必要だ。この疑い深さでどれほどトラブルを未然に防いだことか計り知れない。

旅行者は今日もこの種の憂鬱を抱えながら旅路を進んでいくのである。

コメント

  1. earther より:

    難しい問題だね。
    話しかけた現地人に睡眠薬入れられた話もあるので注意するに越したことはない。
    自分のことを考えれば疑わずに被害に合うより、善人を疑って何もない方が良いので…
    だからこそ悩ましい。

  2. Hideto より:

    そうなんですよ。ただ命にかかわることもあるので疑って疑いすぎることもないと思ってます。勿体ないような気もしますが…。