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ナポレオンの道を越えてーサンティアゴ巡礼日記2

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2017年7月8日からのサンティアゴ巡礼の記録です。

巡礼前日の旅行記はこちら

巡礼前夜ーサンティアゴ巡礼日記1
今回の長期旅行に出る前からこの旅行中に絶対やりたいことがいくつかあった。 カミーノ・デ・サンティアゴ・デ・コンポステーラ、サンティアゴ巡礼...

最初の晩餐

夕食のメインディッシュ

昨夜の夕食は質量ともに期待していた以上のものだった。スープ、サラダ、メインにローストポーク、キッシュ、ラタトゥイユ、チーズにデザート。

夕食を共にした巡礼者は12人、韓国人2人、メキシコ人3人、スウェーデン人1人、フランス人1人、バスク人1人、残り3人は国籍は不明だがフランス語が堪能だったことを考えるとフランス、スイス、ベルギーあたりかと思う。私が座ったテーブルは仏語が堪能な人ばかりだったため会話の内容がほとんどわからなかった。そのことを除けば概ね満足だ。

食事の前にみんなでお祈りをした。サンティアゴ巡礼ならではだな、と思った。

お祈りはみんなで簡単な歌を歌う。指揮をとる人が最初に1フレーズごと歌い、その後にみんなで唱和する。2フレーズ目に来たところでどこかで聞いたことのある歌だな、と思った。なんとその歌は子供の時に遊んだ「グーチョキパーでグーチョキパーで何作ろ〜?」という歌だった。こんなところに由縁があったなんて。

食事を終えると宿代を支払いクレデンシャルにスタンプを押してもらう。宿代は巡礼事務所で€15と聞いていたが、募金箱に入れる方式だったことと€5紙幣が手持ちになかったことから、€20を支払った。他の人も概ね€20支払っていたようだった。

食後はすぐに眠りについた。パリを出る数日前から夜遅くまで飲み明かしていたことと、前日夜行バスであまり眠れなかったことからすぐに眠りに落ちて行った。

巡礼開始の朝

朝5時半にケータイのアラームで目を覚ます。まだみんな寝ているようだ。目覚めは悪くない。ただあまりに早くに動き出して迷惑かけるのもどうかと思い、20分ほどベッドの上で今日1日のことに想いを馳せていた。

6時前、意を決してベッドから降りる。荷物を全て下の階に持って行く。宿のスタッフから雨が降っていることを聞かされる。前日の天気予報では午前中くらいまでは曇りでその後天候は悪化して雷雨になるということだったが、予報より早く降り出したようだ。少し憂鬱な気持ちでパッキングを済ます(このアルベルゲは南京虫対策の一環として居室へのバックパックの持ち込みは禁止されていた)。

パッキングが終わったら朝食だ。このころには同室に泊まっていた巡礼者の半分くらいが起きて来ていた。朝食は昨晩と比べるといくらか質素ではあったが必要にして十分だった。朝食だけでなく道中食べるお菓子や果物など渡して暮れたのがありがたかった。

朝食

ナポレオンの道へ

サン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出発

朝7時、予定より少し遅くサン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出発した。天気は相変わらず雨、小雨なのがせめてもの救いだ。

今日歩くピレネー山脈を越えるルートはナポレオンがかつて通ったことがあるとかでナポレオンの道と呼ばれている。本日の目的地ロンセスバジェスまで26km。フランス人の道で最もきつい行程だ。前日聞いていた話によると7.5km地点のオリッソンまでが特に傾斜が急で、そこを乗り越えれば比較的なだらかになる。1,430mの最高地点を越えたらそこからは下り。1,250m登って500m下るルートだ。

なんてことはない。エベレストトレッキングで最初数日毎日のように1,000m登っては1,000m下るようなルートを25kgの荷物を背負って歩いた俺には大したことはないだろう(今回の荷物は色々減らしたはずなのにそれでもまだなぜか約20kgある)。

最初30分は3kmほど進みなかなかいいペースだった。しばらくしてから傾斜がやや急になりペースが落ちる。1時間を越えるか越えないかというころ巡礼路は舗装された道路から未舗装の山道に入って行く。

傾斜の急な斜面

確かに傾斜はきつい。ゆっくり確実に歩を進めて行く。このころには雨はやみ見晴らしが少し良くなってきていた。

景色が良くなって来た

と同時に、雷雨に備えて朝から上下ともにレインウェアを来ていた体は汗でグショグショになっていた。

早くも足が攣りそうになる

サン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出て約100分。本日の一番きついところを抜け、オリッソンにたどり着いた。

オリッソンの巡礼宿

この周辺は景色が良くもし天気が晴れていたらものすごく素敵な光景に出会えたのだろうな、と思った。

オリッソン手前の景色のいいところ

オリッソンで少し休憩しつつ雨具を脱ぎ、水を補充した。さっぱりして気分も新たに歩き出す。確かにオリッソンを越えてからは傾斜が大分緩くなり歩きやすくなった。歩幅を大きくとりグイグイ進む。

巡礼道

オリッソンを発ってから約1時間、ふとももに違和感を感じる。攣りそうだ。普段より軽い荷物とはいえ、知らず知らずのうちにかなりの負担がかかっていたのかもしれない。バックパックが邪魔でうまく筋肉を伸ばすことができないため攣らないようにだましだまし歩く。一旦攣りそうな山を越えると何事もなかったかのように普通に歩けるようになる。しかししばらくすると再び違和感。

巡礼道

そんなことを何回か繰り返してふと気づいた。最初レインウェアを来ていたため必要以上に汗をかいた。にもかかわらずただの水しか摂っていない。これはきっと塩分不足なのではないか、と。次の休憩では水に塩を入れようと思った。

巡礼道

フランス最後のスタンプ

出張茶店

標高1,000mを越えると歩き通していても風が吹けばすこし寒さを感じるようになってくる。どこかにちょうどいい休憩場所でもないかと思いながら歩いていると目の前に出張茶店のようなものが見えて来た。よくよく見るとここはフランス最後のスタンプ地点だそうだ。せっかくなのでここで休憩することにする。

フランス最後のスタンプ

体を冷やさないようにウィンドブレーカーを羽織る。金額は思っていたより良心的で、リプトンティーを頼むことにした。いつもより多めに砂糖を入れる。と同時に朝宿のスタッフからもらったりんごをかじった。

この時それまで止んでいた雨が再び降り出した。それもかなり強い。この茶店を利用する人もしない人もここで再び雨具を着たり、ザックカバーをつけたりしていた。ひとしきり休んだところで茶店を後にした。

風の馬

雨脚は強まり、山は霧に包まれていく。視界が50mほどしかない。前を歩く人も、後ろを歩く人もほとんど見えなくなった。

車道を逸れる。視界が悪くて道がわかりづらい

途中で道は車道を外れ再度未舗装路に入っていく。草原が広がる。視界がないため自分が正しい方向に進んでいるのか時折わからなくなる。それでも一歩ずつ進んでいく。

視界が悪い

再び急な上り坂。ゆっくり登る。茶店に書いてあった情報によると茶店から1km登ったあとは5km平坦な道で、そこから5km下りになるという。きついのはここ1kmで終わる。そう思いながら少しづつ登っていく。

しばらくすると平坦な道になった。

平坦になった道

標高を確認すると峠の最高点よりは幾らか低い。平坦になるとはいえ少しずつ登っていくのだろう。平坦になったためかなり歩きやすくなった。このころには雨はほとんど止んでいた。山の天気は変わりやすいのだ。

サン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出発して4時間半、フランスからスペインに入った。

フランスとスペインの国境

平坦な道をぐんぐん歩く。途中中年韓国人二人組と少し話したが私の歩くペースが速いのですぐ別れた。

激しかった雨はいつの間にかやみ、空には陽の光が差した。

陽が差した

歩く、歩く、歩く。ようやく本日の最高地点に到着した。そこからは急な下り坂が見える。

下りに転じる峠

ここがチベットだったらこれからの道中の安全を願ってルンタ(風の馬)を投げるのだろうな、となぜかふと思った。

ロンセスバッジス(Roncesvalles)を越えて

下り坂は登りより楽なように見えて足にかかる負担は大きい。特に私は日本でランニングをしていた頃から膝に不安を抱えていた。エベレストをトレッキングしていた時も途中から膝の具合が悪くなっていくらか苦戦を強いられた。

膝が痛くなってからでは遅い。下りは最初から慎重にならざるを得ない。特に傾斜が急な間は。スタート時点で目的にしていたロンセスジバジェスまではわずか3.6kmと表示してあった。歩いて1時間もかからないだろう。

木漏れ日の落ちる巡礼道

このころにはロンセスバジェスに泊まるのではなくもっともっといけるところまで歩こうと思い始めていた。アルベルゲが開くには少し早いし、時間も体力も余裕がある。

ここで頭の片隅で気になっていたことはパンプローナの距離である。ヘミングウェイ『日はまた昇る』にも登場するパンプローナは牛追い祭りことサン・フェルミン祭りで有名な街だ。私が持っている地図ではサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから3日かけて到着することになっている。

どうせ3日で到着するなら今日頑張る必要はない。今日頑張ったなら明日パンプローナに辿り着かなければならない。歩きながら頭の中で自分の体力と歩くスピードを計算する。今日追加で10kmほど歩けば明日同じくらいの距離を歩けばパンプローナにたどり着くことができる。今日とは違って上りはきつくないのできっと大丈夫だろう。

今日いけるところまで行けば明日にはパンプローナにたどり着けるかもしれない。そんなことを思いながら歩いていたら目の前に巨大な大聖堂が姿を現した。ロンセスバジェスだ。

ロンセスバジェス

聖堂内ではミサが行われていた。

ロンセスバジェスの大聖堂

少し見学したが言葉が全くわからないので早々に後にした。バルでビールを飲みながら今後の計画を立てる。手元の地図ではここから11km地点にアルベルゲがあると書いてあるが、サン・ジャンの巡礼事務所で貰ったアルベルゲ一覧には載っていない。行ってあったらいいがなかったらそこからさらに10kmほど歩かなければ今日の宿にたどり着くことはできない。流石にそれは困るのでロンセスバジェスから6km地点にあるエスピナル(Aurizberri/Espinal)という街を目指すことにした。

ヘミングウェイが泊まった宿

ロンセスバジェスを出て最初の街ブルグエテ(Auritz/Burguete)は街の入り口からして気持ちよかった。各国の言葉で「ようこそ」と書いてある。日本語がなく中国語で「歓迎」と2つ書いてあったのは残念だったが…。

ブルグエテの各国語で書かれた「ようこそ」

これまでひたすら山道を歩いて来たので街を通り抜けるのは新鮮だった。もともと町歩きが好きな上、スペインの田舎の町は可愛らしい建物が多い。

ふと「ヘミングウェイ」と書いてある看板が目に止まる。説明書きを読むとヘミングウェイが『日はまた昇る』の着想を得たサン・フェルミン祭りに参加するにあたってこのホテルに泊まったことがあるという。思いがけず聖地巡礼することができて満足。

ヘミングウェイが泊まったホテル

ブルグエテの街を逸れ道は牧草地帯を抜けていく。

エスピナリへの道

そして再び山道。残り3kmがやけに長い。食塩水を飲むようにしてから攣りそうになることはほとんどなくなったが、荷物が重いこともあり足の裏が異様に疲れている。まだか、まだかと思いながら歩き続ける。遠くに街が見えた時感じたことは街が見えた嬉しさよりも、街までまだかなり距離があることに対する失望感だった。

遠くに見えたエスピナリの街

サンティアゴまで何日かかるのか

エスピナルではサン・ジャンで貰ったアルベルゲ一覧に載っていたアルベルゲのうち最も安いところを選んだ。冊子では€10になっているが実際行ってみると€12だった。高いわけではないが予定より2割も高い。しかも夕食は€11もするという。これではサン・ジャンで泊まった宿より高いじゃないか。

エスピナリのアルベルゲ

疲れ果てていたので宿はここに泊まることにし、夕食は外に探しにいくことにした。部屋に行くと1人だけ先客がいるようだ。シャワーを浴びようと準備していると先客が部屋に入ってくる。なんと昨夜同じ宿に泊まっていたフランス人だった。

「ずいぶん歩くの速いね」「そちらこそ」

軽く言葉を交わしてシャワーを浴び、洗濯を済ませる。

彼は25日間でサンティアゴ・デ・コンポステーラまで行く計画だという。平均すると1日30km。今日歩きながら私も何日でサンティアゴまでたどり着けるだろうかとずっと考えていた。1日30kmなら約25日、35kmなら22日、もっと歩けば…。

巡礼の意味について考える

早く行く必要はない。理由もない。むしろ人より速く歩けば歩くほど巡礼者と再会する機会はなくなるだろう。ただ、通り過ぎる。そのことに意味はあるのか。

巡礼に意味なんて必要ないのかもしれない。人と出会うことに楽しみを見出す人だけじゃない。ただ歩いているだけで楽しいのだから、人のことなど気にせず自分のペースで歩き続けた方が楽しいのかもしれない。

全て自分次第。でもきっとどれも正解なのだろう。

10人いれば10通りの、100人いれば100通りの巡礼の仕方がある。そんな気がする。

Aurizberri/Espinal, 8, July, 2017