歴史好きが高じて宗教に興味を持ち、これまで仏教、キリスト教、イスラーム教などに間する本を何冊も読んできました。
そんな私ですが、今回紹介する『イスラーム思想を読みとく』を読んで、イスラームに関して理解が及んでいなかった点や根本的に間違って解釈していた点などが次から次に出てきて、非常に勉強になりました。
今回は松山洋平著『イスラーム思想を読みとく』について書評をしていきます。
『イスラーム思想を読みとく』の詳細・基本情報
- 著者名:松山洋平
- 出版社:筑摩書房
現代イスラームの「過激派」と「穏健派」の争点はどこにあるのか? なぜ、同じスンナ派同士で争うのか? 「穏健派」のムスリムは、なぜ「過激派」を「破門」しないのか? イスラーム神学、古典イスラーム法学、現代イスラーム思想を横断し、問題の背景と核心に迫る。「イスラームのテロ」に警鐘を鳴らすのでも、「平和な宗教」としてイスラームを擁護するのでもなく、対立の思想的争点を浮き彫りにする一冊。
著者の松山洋平ってこんな人
著者の松山洋平さんは、東京外国語大学外国語学部(アラビア語専攻)卒業後、同大学大学院総合国際学研究科博士後期課程を修了した日本の研究者で、現在は名古屋外国語大学世界教養学部講師を務められています。
専門はイスラーム教神学とイスラーム法学を中心としたイスラーム思想史で、『イスラーム神学(作品社)』『イスラーム神学古典選集(作品社・翻訳)』『日亜対訳 クルアーン(作品社・共著)』などの著作があります。
『イスラーム思想を読みとく』の特徴と感想
『イスラーム思想を読みとく』は現代におけるスンナ派ムスリムの「穏健派」と「過激派」の対立を、イスラーム神学とイスラーム法学の観点から論理的に解説している本です。
この本を読むことで、
- IS(Islamic state)はなぜ破門されないの?
- お酒を飲むムスリムはイスラーム的にはどういう扱いなの?
などの疑問が氷解しました。
本書の特徴として、イスラームという非常に広いテーマのうち、「スンナ派の「穏健派」「過激派」のあいだに存在する争点の解明」に絞っていることが挙げられます。テーマを絞ることで論点がはっきりし、非常にわかりやすくなっています。
また、この本を通じてイスラーム思想の根幹、イスラーム神学とイスラーム法学の考え方などを学ぶことができます。
イスラームとは「信」の宗教
特に印象に残ったのは、イスラームとは「信」の宗教という解説です。
一般的な日本人のイスラーム理解って、豚肉を食べちゃダメとか、酒は飲んじゃダメ、断食しなくちゃダメ、一日5回礼拝しなくちゃダメなど戒律が厳しい宗教というイメージだと思うんですよね。
でも、本書を読むとイスラームにおいては戒律を遵守することよりも、信仰を持つことの方がはるかに大事であることがわかります。
イスラームという宗教は、基本的に「信」の宗教です。すなわち、心のなかで何を信仰しているのか、ということが重要視されるということです。そのため、「正しい信仰」を持つこと、そして、この「正しい信仰」を維持することが、信者にとって、宗教生活のもっとも重要な目的となります。
このことが「お酒を飲むムスリムはイスラーム的にはどういう扱いなの?」という疑問の解明につながります。
つまり、イスラームにおいては「お酒を飲まないこと」が重要なのではなく、「お酒を飲むことを神が禁じていると信じること」の方が重要であるということ。つまり、実際にお酒を飲む飲まないという行動面(術)よりも、飲酒が神によって禁じられていると信じることの方が重要だということです。
これは豚肉を食べることに関しても同じです。
イスラームでは「罪を犯してもその人の信仰は消えない」という基本原則があり、神を信じている限りその人はムスリムなのです。
「信仰した者たちよ、誠実な悔悟によって、アッラーへと悔悟せよ。きっとおまえたちの主は、おまえたちの悪行をおまえたちから帳消しにする」(クルアーン六六章八節)。
これまで私は冗談で「お酒がやめられないからイスラーム教徒にはなれない」というような趣旨のことを何度か言ったことがあったのですが、本書を読んでこれは大きな間違いだったとわかりました。正しくは「神の存在を信じることができないからイスラーム教徒にはなれない」だったのです。
たとえ、お酒を止めたり、豚肉を食べなくなったり、ラマダン月に断食をしたり、とコーランに書いてあることをすべて実践したとしても、「神の存在を信じる」ことができないという点で私はムスリムにはなれないのです。
ISを破門することはできない?
本書では穏健派ムスリムが過激派ムスリムについてどのように考えているかも学ぶことができます。
私はこれまでISなどの過激派はイスラーム教徒の皮を被ったテロリストだと思っていましたが、その考えも間違っていることがわかりました。
とはいえ、世界中で様々なテロを起こす過激派は本当にムスリムなのでしょうか?破門することはできないのでしょうか?
そんな疑問に関して本書では神学的側面、制度的な側面から解説しています。
まず神学的側面では、たとえ、テロリストであろうと犯罪者であろうと、イスラームが「信」の宗教である以上その者が信仰を持ってさえいれば、ISだろうとタリバンだろうとボコハラムだろうとイスラーム教徒であることには変わりないことになります。
次に制度的な側面では、イスラームにはキリスト教の総本山のような正統教義を決定するための教会組織が存在しないことが挙げられています。
そこから派生してコーランに書かれていることをどのように解釈するかという話に移っていきます。
後半は少し難しい
本書は序章から第四章までの5章構成になっています。
中でも第二章におけるスンナ派の歴史をたどりながら4つの法学派と2つの神学派が成立するところなどは、学派ごとの対立事項が複雑で一気に難しくなります。
また第四章のイジュティハードに関する部分は専門用語が多数出てくることからさらに難しくなりました。
それでもイスラームが「信」の宗教であることを解説する序章、ムスリムがISなど過激派を破門しない理由を述べる第一章、「穏健派」と「過激派」の考えの違い・対立点をまとめた第三章は、現代社会におけるイスラームを理解する大きな一助になることと思います。
『イスラーム思想を読みとく』はこんな人におすすめ
この本は
- イスラーム教の基本的な考え方を知りたい
- スンナ派の「穏健派」と「過激派」は何が違うのか知りたい
- ISやタリバンも本当にムスリムなのか知りたい
- イスラーム法学に興味がある
人にお勧めです。
昨今イスラーム過激派によるテロが頻発していることや、2100年にはイスラームが世界最大の信者を抱える宗教になると言われていることなど、たとえ日本に住んでいたとしてもイスラーム教の存在感は日増しに強くなってきています。
そんな中、この本はムスリムの思想の根幹を学ぶことができるという意味で、イスラームについての理解を深める最初の一冊にピッタリな本だと思います。
併せて読みたい
イスラーム世界を生きる一般市民がどんな感じなのか知りたいあなたにはこちらの本もおすすめです。
本の内容に関しては「そんな旅行記あり!?『イスラム飲酒紀行』のわかり味が強すぎる」の記事で書評しています。
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