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【書評】ビアンカ・ベロヴァー『湖』涸れゆく湖を中心とした不穏な世界で少年は大人になった

ビアンカ・ベロヴァー『湖』表紙 書評・音楽・映画
この記事は約6分で読めます。
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「見てごらん、精霊が顔をしかめているよ。まだ怒っているのさ」

「静かに」

「まだ足らないんだよ」

「シー!」

「いけにえが足りないんだよ」

チェコ親善アンバサダー2018の三矢です。

チェコの作家ビアンカ・ベロヴァーの『湖』が邦訳されたということでさっそく読んでみました。

精霊に生贄をささげなければいけない湖を中心とした、暴力が蔓延する不穏な世界で生きる少年は生き別れになった母を探す旅に出た。

不穏な空気と暴力が蔓延るディストピア感あふれる世界で主人公の少年ナミが大人になっていく物語です。

『湖』の詳細・基本情報

  • 著者名:ビアンカ・ベロヴァー
  • 翻訳:阿部賢一
  • 出版社:河出書房新社

まだ、いけにえが足りないんだよ――湖から戻らなくなった祖父。そして少年ナミは母を探し旅立つ。気鋭のチェコ女性作家が描く現代の黙示録!マグネジア・リテラ賞、EU文学賞受賞。

『湖』アマゾン紹介ページより

ビアンカ・ベロヴァーってこんな人

『湖』の著者ビアンカ・ベロヴァーは1970年プラハ生まれのチェコ人。ブルガリア人の父とチェコ人の母の間に生まれ、大学卒業後は英語の翻訳・通訳として活動しつつ、執筆活動も行っていました。

2009年「感傷的な小説(Sentimentalni roman)」でデビュー。2016年に出版された本作は彼女の長編4作目であり、チェコ最大の文学賞「マグネジア・リテラ賞」の最優秀賞、EU文学賞を受賞し、世界的に注目され、17以上の言語へ翻訳されています。

『湖』の特徴と感想

この本の前付にはこう書かれています。

「旅に出ている人たちに捧げる」

そう、この物語は自分の目の前の出来事から逃げ出した少年ナミが、旅しながら、自分の人生を再び歩みだす物語。

読者がナミに自分を重ねることはあまりないかもしれません。状況があまりに過酷で現代日本とはかけ離れすぎているから。

それでも厳しい現実に向き合って成長していくナミの姿は、読者に訴えかけてくるものがあります。

旧ソ連圏のどこかをモチーフにしているような世界

この物語は旧ソ連圏のどこかをモチーフにしているようです。

トルコ発祥のパイのような料理ブレクが登場したり、ロシア軍やロシア人が登場するなど、現実社会の要素を取り入れつつも、ボロスやクツェ、ウルボル人など架空の街や人種が登場し、具体的な場所や年代は特定できないように描かれています。

しかし、国家主席の像という表現はおそらくレーニン像だろうし、イスラームを信奉する人々が出てくること、チョウザメやキャビアが取れることなどからカザフスタンやウズベキスタンのあたりがモデルになっているように思います。

特に、物語の中心をなす少しずつ水位が減っていく湖のモチーフはアラル海でしょう。私にはかつてアラル海の湖畔で漁業で栄えたというウズベキスタンのムイナックを想起させました。

綿花と水稲の栽培拡大のためにソ連が行った灌漑政策によって、かつて世界第四の湖だったアラル海は半世紀で10分の1まで干上がってしまい、20世紀最大の環境破壊と呼ばれています。

暴力的で粗野な登場人物と不穏な世界観

本書では暴力的な表現がよく描かれています。

「ナミは眠っている男を蹴りはじめ、鼻が曲がり血が流れるまで続ける。」

「あいつは殴られ、リンチされ、しまいには湖に投げ込まれた」

主人公ナミをはじめとして、少女をレイプするロシア軍人、すぐ殴り合いの喧嘩を始める日雇い労働者、ナイトテーブルにピストルを置いたエリートビジネスマン、主要な登場人物の多くが暴力的な側面を持っています。

この世界には暴力が蔓延っている。

それと同時に、物語の鍵となる湖は少しずつ水位が減って行っており、精霊の怒りが取りざたされています。主人公が生まれたボロスの人々はそんな湖の精霊の怒りを鎮めるためにシャーマンが祈祷をし、村の人を生贄に捧げ続ける。

物語中盤以降は少数民族とみられるウルボル人たちの暴動や略奪が起こるなど、ディストピアを思わせる不穏な雰囲気が小説全体を覆っています。

生き別れの母親を探す中少しずつ大人になっていく主人公

本書の章立ては「胚」「幼虫」「蛹」「成虫」と虫が成長する段階から取られています。

それはまた、少年だった主人公ナミが旅に出て、色々な人に会い、苦難を乗り越え一人の人間として成長していくことを暗示しています。

様々な苦難から逃げ出した少年時代を描いた「胚」、首都に出て少しずつたくましく大人になっていく様を描く「幼虫」、ネタバレになってしまうので「蛹」「成虫」についてのコメントは差し控えますが、それぞれナミの人生の転換点が描かれています。

正直最後まで読むのは大変だった

『湖』について書評を書いていますが、説明が少ない本文は小説の舞台を理解するのに時間を必要とし、また暴力的な描写が多くあるためぶっちゃけた話なかなか世界観に没入できませんでした。そのため200頁程度のそれほど長くない小説ですが、読むのにけっこう時間がかかりました。

正直途中で読むのをやめようかと何度か考えました。しかし物語が半分を過ぎたくらいから先の展開が気になるようになり、最後の方は一気読みでした。

短文と現在形を多用した文体は抽象的で不思議な感じで、最初読んでいる時は説明の少なさからなかなかなじめませんでしたが、一度読み終えてから読み返してみると、その独特の文体がこの不穏で救いのない世界を描くのに大きな効果を発揮しているようにも感じました。

『湖』はこんな人におすすめ

最後にこの小説がどんな人にお勧めかを書いていきます。

ディストピアものが好き

これまで説明してきたようにこの小説はディストピア感あふれているので、そういう小説が好きな人には特におすすめです。不穏な雰囲気がたくさん詰まっています。

逆に暴力的な表現(といってもそこまで残虐な感じではありませんが)が苦手な人とか、救いのない世界観が苦手な人にはあまりおすすめできませんね。

チェコの小説に興味がある

私がこのタイプでしたが、チェコが好き、チェコ人が書く小説に興味がある人は手に取る価値があるでしょう。

チェコでメチャクチャ売れて、有名な賞も受賞している作品なだけあってこの作品はチェコという国のある側面を理解する一助となるでしょう。

旧ソ連圏が好き

この小説には舞台がどこであるとか時代がいつであるとかは言及されていませんが、旧ソ連を連想させる表現がたくさん出てきます。

そのため、旧ソ連圏に通じている人ならニヤリとする表現がたくさん出てきます。

本書を読みながらこれはどこだろうか?とか、これはきっとあんな感じの食べ物・飲み物なのだろうな、などと想像しながら読むのは想像力が刺激されて楽しいと思います。

書評記事いろいろ書いてます。

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書評・音楽・映画
三矢英人

バックパッカー/トラベルライター/チェコ親善アンバサダー2018/米国公認会計士(USCPA-Inactive)

1986年神奈川県生まれ。「行きたいところに行き、見たいものを見て、食べたいものを食べ、飲みたい酒を飲む」をモットーに2013年11月から2019年4月まで無帰国長期旅行していました。

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